2022年12月16日(金) 【2022年10月の旅 岐阜の旅D】 ?ホントか、ウソか。信じるのもあなた次第。でも当時は今でいうフェイクニュースを流してしまえば皆んな信じてしまうんじゃないだろうか。 ?1566年、木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)が一夜にして築いたと伝えられる墨俣一夜城。その城跡に、当時の砦のような城ではなく、城郭天守の体裁を整えた墨俣一夜城(歴史資料館)が、平成3年4月に開館しました。 史実については、太閤記や断片的資料で概要を知る程度でしたが、昭和52年に愛知県江南市の旧家に伝わる前野家古文書の中から、墨俣一夜城に関する貴重な資料が紹介され、その全貌が明らかになってきました。 長良川西岸の洲股(墨俣)の地は交通上・戦略上の要地で、戦国時代以前からしばしば合戦の舞台となっていた(墨俣川の戦い)。斎藤氏側で築いた城は斎藤利為らが城主を務めた。1561年ないし1566年の織田信長による美濃侵攻にあたって、木下藤吉郎がわずかな期間でこの地に城を築いたと伝えられるいる。これがいわゆる墨俣一夜城である。 信長はこの城を足掛かりとして、美濃攻略に成功し、秀吉も出世の道を開いたとされる。ところが信長にとっても、秀吉にとっても重要なこの事件について、太田牛一の信長公記をはじめとする良質の史料には、全く記載がない。 やっぱり一夜では無理だよな(笑) 12/16^21:36 <<重要なお知らせ>>@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
w友達に教えるw [編集] 無料ホームページ作成は@peps! |