■研究の先人、故蓑島さんらに恩返し
　「きのどくな」「まいどはや」など約４００語の富山弁を相撲の番付表に見立てた「富山県方言番付」。飲食店などで目にしたことがある人も多いのではないだろうか。２００６年の作成から１０年以上たち、番付を監修した富山大人文学部の中井精一教授（５６）が「富山県方言辞典」の出版を目指して取り組んでいる。背景には方言研究の先人への思いや若い世代の方言離れに対する危機感、研究を通して知り合った県民への感謝の思いがある。（社会部・相川有希美）
　中井教授は奈良県出身。大学時代に富山出身の方言学者に学んだのを機に富山弁の研究を始めた。１９９８年に富山大に赴任し、県内各地で聞き取り調査を続けている。データベースには延べ４万語を蓄積。これらに例文や使用エリアを加えて辞典を作る。「さまざまな地区の人に協力してもらって音声も付けたい」と話す。
　研究を形にしたいという思いから、方言辞典のアイデアは前々から温めていた。国語辞典の編さんに携わった経験もあり、辞典作りのノウハウはあるが、語数は番付表の約１００倍。作業は一人で行うが「時間がかかっても必ずやり遂げる」と決意は固い。
　長年の構想に取り組むと決めたのは、親交が深かった方言研究家の佐伯安一さん（砺波市）、蓑島良二さん（富山市）の他界がきっかけだ。佐伯さんは民俗学者で砺波地方の方言にも造詣が深かった。２０１６年に亡くなった際には方言を書き記したメモを引き継いだ。富山弁に関する著書を数多く執筆し、方言番付を編集した蓑島さんは今年４月に死去。尊敬する２人を失い悲しみに沈んだが、「先生方の成果を一つの形に残したい」と決意を新たにした。
　若い世代で進む方言離れからも辞典の必要性を感じた。かつては三世代で同居する家庭が多く、家族との会話で方言が身についた。近年は核家族化が進み、方言を使えない若者が増えているという。「富山弁の衰退はもったいないことだが、だからこそ辞典の意義は大きい」と話す。
　辞典作りは「研究を通して出会った富山の人への恩返し」とも言う。方言研究には話し手の協力が不可欠だからだ。「最初はよそ者扱いもされたが、一度受け入れてもらえると深い付き合いができた」。お年寄りが見せてくれた手作りの方言集が貴重な参考資料になったこともある。
　中井教授は「地域や老人会で作った方言集を持っている人がいれば、どんな小さなものでも教えてほしい」と協力を呼び掛けている。問い合わせは富山大人文学部日本語学研究室、電話０７６（４４５）６２０４。