novel

+今日は記念日(会社員Xお坊ちゃま)/オリジナル+
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芦刈一(あしかりはじめ)は社食の直ぐ隣にある休憩室に入ると、自動販売機でカップのコーヒーを買って座った。
社食にも同じような自販機はあるが、大勢が利用し入れ替わり立ち替わりする食堂で長居するのは落ち着かない。
そこで食事が終わると直ぐに休憩室に移動し、そこでゆっくりとコーヒーを飲みながら休憩時間を過ごすのだ。
社食で食事をせず外で食べる時は食後のコーヒーも外ですませるが、芦刈の社内休憩室の利用度はかなり高かった。
それを知っている同僚の阪田が休憩室に入ってきた。
「イチ、よう」
「おう」
阪田に声を掛けられて応えると、自販機でコーヒーを買った阪田が当然とばかりに隣へ来た。
「その後どうだ?来訪者や問い合わせも多いって聞くぜ」
「まあな。今じゃ忙しくてネコの手も借りたい位だ」
「だったらあのお坊ちゃんは、ただのお坊ちゃんじゃなかったって事か」
「・・・そうなるな」
この前阪田と話した時彼は特別企画室の仕事内容も知らず、我が儘お坊ちゃまの綾嗣(あやつぐ)に芦刈が振り回され面倒見ていると思っていた。
確かに最初は芦刈も突然の移動にそう思っていたが、話した時は既に仕事の内容に納得し、綾嗣の一生懸命さをかっていた。
それを第三者に分かってもらえた事が嬉しくて口元が緩み、芦刈は必要以上にぶっきらぼうに返事をした。
「そう言えば、この前社食で安くパンを売ってたのもそっちの顧客のだって?」
「ああ。みんなの評判も良かったし、結局出資する事にした」
「そうか・・・どういう基準でどうやってそれを決めるんだ?たった二人で何もかもするんだろ?」
「だからネコの手も借りたいって言ってンだよ。そろそろ俺らだけじゃ限界だな。お前来るか?」
「俺が?」
突然芦刈に言われ、阪田は素っ頓狂な声を発した。
「そうだ。お前なら営業経験もあって顔も広いし、俺もやりやすいし、どうだ?」
「どうだって急に言われてもな・・・」
「何だ。まだお坊ちゃまの面倒を見て、振り回されると思ってるのか?」
「いや、それはない。最近のお前達の話は、嗅ぎ回らなくても聞こえてくるからな。お坊ちゃんが出来るって話も聞こえてくる」
「だったらいいだろう?まあ、今そっちが抱えてる仕事の事もあるが・・・」
芦刈は阪田を特別企画室に呼ぶ事がいい案に思えて勝手に話を進めようとしたが、上司である綾嗣に提案もしてない事を実行する事は出来ないと漸く気づいた。
「俺はお前とまた一緒に仕事したいと思ってるが、こればっかりは上にも聞かないとな。お前も考えておいてくれ」
「分かった。俺もまたイチと仕事できるのは大歓迎だ。どうだ、近況報告も兼ねて今晩一杯行かないか?」
「いいな。行くか、いつものとこ」
「残念ながらそれは無理だ」
阪田の誘いに芦刈が返事をした時、突然第三者が乱入してきた。
いつからその話を聞いていたのか、乱入してきたのは芦刈の上司であり、噂のお坊ちゃまである武蔵野小路(むさしのこうじ)綾嗣だった。
「残念ながら、今日は我慢してもらおう」
芦刈と阪田の視線の先には真剣な表情をした綾嗣が立っていた。
「何だ、急に。今日は調べものも、終業後の打ち合わせもなかったはずだ」
少々ムッとしたように芦刈が言うと綾嗣は一瞬悲しそうな顔をしたが、直ぐに阪田の方へと向き直った。
「悪いが今日の飲み会は延期してくれ。その代わり明日は時間を空けよう。それで構わないか?」
明らかに年下の綾嗣に言われ本当ならムッとしても良さそうなものだが、阪田は突然自分に矛先を向けられ唖然として頷いた。
「別に構わないが・・・」
「では明日の18:30に銀座の割烹『聖』に予約を入れよう。場所は分かるか?」
「ちょっと待て」
綾嗣が自分のペースで物事を決めようとしていると、芦刈が不満そうな声で止めに入った。
「俺と阪田が飲みに行くのに、何でお前が場所を決めるんだ」
「もちろん、僕も行くからだ」
「はぁ?」
「そうだろ?阪田君」
「まあ、行きたいのならどうぞ」
またしても阪田は綾嗣のフリに応えるのが精一杯だった。
「そう言う事だ、イチ。僕も一緒に行く」
綾嗣のマイペースぶりになれてない阪田はすっかりのまれてしまっていて、既に三人での飲み会は決定なようだった。
「阪田がいいなら連れて行ってやるが、銀座なんか行かないぞ。俺達が行きたい店に行く。それでいいなら着いてこい」
「行く。イチが行きたいとこでいい」
横柄な物言いだが芦刈がOKを出すと、途端に嬉しそうに従う綾嗣に阪田は驚いてしまった。
こう言っては何だが、綾嗣を芦刈が良く飼い慣らしていて、まるで珍獣と珍獣使いのようだった。
「じゃあ阪田君、明日はよろしく頼む」
「はい。分かりました」
阪田が全部言い終わらないうちに、綾嗣は既に背を向け芦刈の腕を引っ張って出ようとしていた。
「じゃあ阪田、明日な」
「おう」
芦刈が言うのに返事をしながらも、阪田はポツンと取り残された感が拭えなかった。
「何だったんだ、一体・・・」
「一つ言い忘れていた」
「うわぁ」
阪田がボソリと呟くと、戻ってきた綾嗣に声を掛けられ大げさに驚いてしまった。
「なんだ、人を化け物みたいに・・・」
「そ、そんなことは・・・」
訝しげな表情を見せる綾嗣に、身振り手振りを交え全身でそんな事はないと示す。
「そんなことよりも、イチが君と一緒に働きたいと言っている以上、僕は君を受け入れる準備はしよう。君も以前とは違い
特別企画室がお坊ちゃんの子守の為の部署だいう考えを改め、僕の事を少しは認めてくれたようだし・・・」
淡々という綾嗣にその性格を知らない阪田は恐怖すら覚えた。
「そう言う事だから部署替えは前向きに検討してくれ。では明日を楽しみにしている」
自分の言いたいことだけを言うと、阪田の返事も聞かずに綾嗣は今度こそ休憩室から出ていった。
残された阪田は明日の飲み会をどうやって断ればいいのかを考え始めていた。
「人に早く戻れと言っておきながらどこに行ってた?」
阪田と話し終わってから特別企画室に戻った綾嗣に、芦刈が不機嫌そうに声を掛けてきた。
「社食の人に用事があったのを思い出して・・・」
「で、今日の飲み会をキャンセルさせた訳は?」
「今日は大事な記念日じゃないか」
「記念日?」
怒ったように言う綾嗣に、何の事かサッパリ分からない芦刈は訝しげな表情をした。
「こんな事だと思った。だから僕がちゃんと準備をしているから心配するな」
「準備だと?一体何の話だ?何の記念日だ?」
「本当にイチは困ったヤツだな。記念日と言えば僕とイチの以外に何があるんだ」
しょうがないなと諭すように言われれば何だか無性に腹が立つが、綾嗣のこんな行動は今に始まった事じゃない。
芦刈は努めて冷静に口を開いた。
「お前は俺の想像も付かない事をするから、正直何の記念日なのか分からない。俺にも分かるように説明しろっ」
つい語尾がきつくなってしまったが、綾嗣にとっては大したことではないだろう。
案の定綾嗣ははにかむよな笑みを浮かべている。
「僕とイチが・・・その結ばれてから・・・1ヶ月の記念日だ」
「はっ?何だと?」
「だから1ヶ月記念だ。何回も言わせるな、恥ずかしいだろっ」
嬉しそうにしながらも拗ねたように言う綾嗣に、芦刈は言葉も出てこなかった。それをいい事に綾嗣は話し続ける。
「イチのことだ。どうせ何も準備してないだろうと思って僕が準備している。今日は残業無しで直ぐに帰るぞ」
「何の準備をしてるんだ?」
何となく想像できたが一応聞いてみる。
「本当は店を貸し切ろうかと思ったんだが、そう言うのはイチが嫌がるだろ?」
「当たり前だ」
「やっぱり。そうだと思って家の方に準備した」
「準備したじゃなくてさせてるんじゃないのか?」
「さすがイチ、鋭いな」
芦刈じゃなくても誰でも想像できるだろうと思ったが、あえてそれを言わなかった。言ってしまうと益々疲れてしまいそうだったからだ。
「それで、何で1ヶ月記念なんだ?」
本当は怒鳴りたい所だが、何せ綾嗣の感覚は普通と違う。それに本人は至って真面目でいつでも綾嗣なりに真剣なのだ。
そんな所が長所でもあり短所でもあり、惹かれた部分でもあるのだから、まずは綾嗣の言い分の聞くのが先だ。
それが綾嗣との付き合いで芦刈が学んだ事だった。
「普通恋人同士になると記念日がある。僕が世間ズレしていると言っても、学生の頃女の子達がそんな話をしていたのを知ってる。
普通は一年記念とかだが、韓国の方では1ヶ月毎はもちろん、100日記念、200日記念とかもあるそうだ。僕もイチとそんな風に恋人同士だって事を祝っていきたい」
必死に自分の気持ちを伝える綾嗣は、いつも通り自分なりの考えがあったのは分かったし、祝いたいという気持ちも分かる。
だがそれを好きなように合わせていては、こっちも身がもたないのも事実だ。
話を聞いた上で受け入れる事は受け入れ、拒否する所は拒否する。これも学んだ事の一つだった。
「いいか、良く聞け。お前が記念日を祝いたいのは分かった。だが俺達はいい大人だ。ましてや俺とお前は家も殆ど一緒のようなものだし職場も一緒だ。そんな近くにいるのにいつも記念日を気にしないといけないのか?メシを食いに行きたいなら記念日がなくても行けばいい。
誰かがやってるから、韓国がそうだからって俺達も真似する必要はない。分かったな」
「・・・分かった」
芦刈が言い聞かせるように言うと、綾嗣は少し迷ったが頷いた。
「よし。今日の記念日はもう準備してるから仕方ない。あと一年ごとも大目に見てやろう。それ以外はなしだ」
「・・・・・・・・・」
「綾嗣、返事は?」
芦刈はズルイ。普段はチビデビなどと言って名前を呼ぶ事はないのに、効果的に綾嗣と名前を呼ぶ。
そう呼ばれたら綾嗣が従うと知っていてそうする。でもそれが分かっていても綾嗣は従ってしまうのだ。
「本当はイヤだけど、一年記念だけで我慢する」
「良い子だ。今日は記念日だからたっぷり可愛がってやるよ」
その意図する事が分かって綾嗣は真っ赤になった。
「そんなつもりで記念日って言ってるんじゃない」
「分かってるさ。でも綾嗣は気持ちいい事が好きだろ?俺はお前とするのは好きだ。綾嗣は?」
「・・・きだ」
「何だ?聞こえない」
「好きだっ。気持ちいい事もイチとするのも好きだ。イチが好きだっ」
ことある毎に芦刈が好きだという綾嗣だが、全身茹で蛸のように真っ赤になって言う姿は可愛い。
普段高飛車な物言いをする綾嗣だが、性の方面には不慣れで初な為ギャップが激しい。
それもまた芦刈のお気に入りの部分だ。
芦刈は綾嗣の元に行くと触れるだけのキスをして見下ろす。
そして見上げてくる綾嗣に自分の唇を指さした。
「午後から頑張るのにエネルギー不足だ」
「イチ・・・」
芦刈が勝手な事を言うと綾嗣は恥ずかしそうにしながらも唇を押し当ててきた。
芦刈はその唇の上下を軽く啄むように吸い上げてから唇を離した。
「続きは夜だ」
そう言った芦刈の唇に、綾嗣はもう一度だけ自らの唇を押しつけた後、自分のデスクへと戻って言い聞かせるように声を出した。
「さあ、もうすぐクライアントが来る時間だ」
綾嗣が必死に仕事モードに切り替える姿を口元を緩めて見ていた芦刈の耳にデスクの電話が鳴った。
それはクライアントの来訪を告げる電話だった。

END
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